共同親権をめぐる議論は、親権の在り方や親同士の関係に焦点が当たりがちです。しかし、実務の最前線、保育園、学校、福祉、税制では、そもそも「誰が保護者なのか」という定義が制度ごとに分断されている。本稿は、保育園の監護者、学校の親権者、寡婦(ひとり親)関連制度という三つの軸から法的根拠を整理し、保護者定義のズレが共同親権の理念実装を阻んでいる構造を明らかにしたいと思います。
1. 「保護者」は一つではない――制度別定義の全体像
1-1. 行政実務における保護者概念
日本の法体系では、「保護者」という言葉は横断的な統一概念として定義されておらず、各制度が目的合理性に基づき、独自の定義を置いています。
* 子どもの日常生活の安全確保
* 教育を受ける権利の担保
* 福祉・税制上の扶助の適正配分
この結果、同一家庭・同一児童であっても、制度が変わると「保護者」が変わるという現象が生じる。
2. 保育園における「監護者」――実態優先の保護者像
2-1. 法的根拠と運用
保育所の入所・運営実務では、「親権者」ではなく監護の実態が重視される。
* 児童福祉法に基づく保育の提供
* 入所調整では「主たる監護者」「就労実態」が評価軸
つまり、親権の有無よりも、誰が日常的に子を養育しているかが保護者性を決める。
離婚後、形式上は共同親権だが、日常的な送迎・連絡は一方の親のみが担っている家庭。
ある日、もう一方の親が突然保育園に迎えに来る。
- 親権はある
- しかし園は「普段の監護実態」を把握していない
- 子どもは一緒に帰りたいと言う
現場で起きる具体的トラブル事例:監護者が非監護権者の行事参加を拒否するとき
- 親権はある
- 監護者が非監護権者の行事参加を合理的理由なく拒否する
- 園は監護者意向を優先する
園は「誰の判断で引き渡すのか」、「事故が起きた場合の責任は誰が負うのか」を即断できず、現場判断が停止する。
2-3. 共同親権との緊張関係
共同親権を導入しても、監護実態が一方に偏っていれば、保育園実務では保護者として扱われない親が生まれる。
ここに、
法制度上は「共同」
実務上は「単独」という乖離が生じる。
3. 学校における「親権者」―法形式優先の保護者像
3-1. 学校教育法と親権
学校現場では、入学手続、同意書、成績・個人情報の取扱いなど親権者が前提とされる場面が多い。
* 親権=法定代理権
* 同意・意思決定の主体
このため、形式的な親権者であるか否かが、保護者としての扱いを左右する。
共同親権下で、学校が行事の参加同意書や個人情報提供の同意を求めたところ、
- 一方の親は即日同意
- 他方の親と連絡が取れない/意見が異なる
結果、学校は「全員同意が必要なのか」「片方で足りるのか」を判断できず、対応を保留する。実務上は、連絡が取れる親のみを事実上の保護者として固定化せざるを得なくなる。国は学齢簿の両名併記や申し出方式の書類を想定しているものの、民法上の争いは残る可能性が高く、行政実務のズレを修正していく作業が必要な状況。
3-3. 共同親権時代の実務課題
共同親権では、
* 連絡先は誰か
* 同意は誰が出すのか
* 意見が割れた場合の処理
といった点で、学校実務が判断不能に陥りやすい。結果として、学校は「主に対応する親」を事実上の保護者として扱う構造が温存される。
4. 寡婦(ひとり親)関連制度―経済扶助としての保護者
4-1. 制度の趣旨と定義
寡婦控除やひとり親控除、児童扶養手当などは、
* 生計維持者
* 単独で子を養育していること
を要件とする。ここでの保護者は、経済的・生活上の単独性によって定義される。
共同親権だが、養育費は不定期、生活費・教育費は一方の親が全額負担している家庭。
- 実態は明らかにひとり親
- しかし法形式は「共同」
結果として、ひとり親支援制度の対象外となり、子どもの生活基盤そのものが揺らぐ。
4-3. 共同親権との制度的衝突
共同親権が形式的に成立すると、
* 実態は単独養育
* 法形式は共同
という家庭が制度から排除されるリスクがある。これは、子の利益を守るための扶助制度が、親権形式によって歪められる危険を示す。
5. 見えてくる本質的問題―「親権」ではなく「保護者性」
三制度を貫く共通点は、
* 実態(監護・養育・生計)を重視する制度
* 形式(親権)を重視する制度
が混在している点にある。
共同親権の理念が目指すのは、親同士の平等ではなく、
子どもにとって必要な大人が排除されないことであるはずだ。
6. 共同親権の理念を実装するための視点
6-1. 横断的な「保護者」整理の必要性
* 親権者
* 監護者
* 扶養・生計維持者
を機能別に切り分けることが不可欠である。
6-2. 自治体実務への示唆
* フローチャートによる判断基準の明確化
* 同意・連絡・緊急対応の役割分担
* 実態変更時の柔軟な更新
これらは、共同親権を「理念」から「運用」へと昇華させる鍵です。
7. 大東市の質疑が示した「保護者」議論の到達点
共同親権をめぐる抽象論に対し、大東市議会での質疑は一貫して現場の保護者定義を問い続けてきました。
- 親権の有無ではなく、誰が日常的に子を支えているのか
- 緊急時に誰が迎えに来て、誰が判断責任を負うのか
- 子どもの意思を、どの段階で、誰が受け止めるのか
大東市の質疑が示したのは、
という視点だ。親権者、監護者、生計維持者という役割を分解しフローチャートとして可視化することで現場は初めて動ける。
共同親権の理念を現実に根付かせる鍵は、制度を増やすことではありません。
すでに存在する制度の間にある「保護者定義の空白」を、自治体が埋めることです。
大東市の実践は、その最前線に立っていると思っています。











